ペルシャの絨毯   ”クム絨毯”

2月がかけ足で過ぎて行きます。

宇治田原町に行っていた孫達から、お土産にたくさんのネコヤナギの枝が届きました。
早春の息吹ですねー。 

少し赤い色をつけたネコヤナギ、初めて見る品種です
とっても綺麗で嬉しくなりました。

銀色に光った形が猫のシッポに例えられて「ネコヤナギ」とつけられたそうです。
日差しも春めいて暖かく感じられるようになり春はすぐそこまで来ているようですね。


今日はペルシャのクム絨毯の紹介です。
ペルシャの中央部に位置するクムの町で製作された絨毯です。もとはウールの絨毯の産地でもあったのですが、最近のクムの町はシルク絨毯の最高級品の産地として名を馳せています。


中央にメダリオン、その上下にペンダント、フィルドの4隅には花瓶を配したペルシャ絨毯の伝統的な図柄の絨毯です。
ところせましと配されたバラの模様がまるで花園に咲き誇るバラの花のようであり、全体的に柔らかな色彩でまとめられ、花びらの陰影(濃淡)の結びが巧みなために、筆で描いたバラの花のように絵画的でとても綺麗に表現されています。
写真の撮り方がまずくて申し訳ないのですが緻密な結びが表現された技術の粋を尽くした工房の絨毯です。
                          (サイズ 307x195cm)

鳳大3回生の最後の授業と鳳大祭

鳳大も今年で三年目、お陰様で皆出席の最後の授業です。今日のテーマは歴史文学の時間で万葉集のお勉強です。万葉仮名など自分には難しく読めないものとして最初から興味を持てないものと思い込んでいたのですが、今日の授業は違いました。

お題は「宇治と古代文学 ーー万葉集と宇治のかかわりーー」です。

講師は奈良大学の先生で、ご実家が遠いそうで名古屋から新幹線で来て下さったお若い男前の先生でした。
1月31日は旧暦1月4日のことでしたから「おめでとうございます」から始まりました。
 新年乃始乃波都波流能家布敷流由伎能伊夜之家餘其騰
 新しき 年の初めの 初春の 今日降る雪の いや頻け吉事(いやしけよごと)
 (新しい年の初めの正月の今日降る雪のように、ますます積もれ、良い事よ)
 元日によんだ万葉集の最後の歌、大伴家持の歌とあります。
なんだか難しそうですね。

万葉集は日本最古の和歌集です。
私の住んでいるあたり一帯は大和から近江への通路にあたり、宇治川は交通路であり要所であったらしいのです。今の宇治川は南郷洗堰や天ヶ瀬ダムで水位が低く管理されていますが江戸時代以前の洪水の記録は多く、橋は流失、新設、修理を繰り返していたそうです。近江の国で製材したヒノキを多くの筏に組んで宇治川に流し、巨椋池、泉の川(木津川)を遡って木津のあたりで陸揚げし藤原の宮に運んだなどと役民の作った歌から昔を知ることが出来ました。
私の家にほん近いところの巨椋池は今は干拓で見る影もありませんが、その当時日本一大きい湖だったこと、近くの名木川の歌、恋歌、争い歌、旅歌などなど興味尽きない時間でありました。先生の教え方も良かったのでしょう無性に読んでみたくなりました。

また万葉仮名の難しさを解くためにこんなことも教えてくださいました。

御魚咥野良猫追駆肌足駆行陽気海巻貝娘
御魚咥銅鑼猫追駆素足駆陽気栄螺
御魚加得多 虎猫 追掛手 肌足的掛行 陽気的栄螺参
御魚食衣田 土羅猫 追加毛手 裸足出加毛手苦 陽気奈散散江三

皆さんはこれをいかが読まれますか? そ、そうです!!漫画サザエさんの歌です。
中国語の文字である漢字を用い、いかに和語やウタを記すか? 
如何に記すかということは如何に読むのかになると難しく教えて下さったのですが、私はこの「お魚くわえたドラ猫おいかけて裸足で駆けてく陽気なサザエさん」に感動し楽しくなったのです(笑) 
これは奈良大学の学生さんの作だそうですが、海巻貝の娘がサザエさんだなんてめちゃくちゃ面白いではありませんか?楽しくなったところから是非読んでみたいと思わせたこのお若い男前の先生の授業、上出来ではありませんか!!
授業の後、宇治の町を散策すると言ってらっしゃいました。許せるものなら同行したいと思ったんですが・・・・・(笑)
もっともっと色々お聞きしたかったんですのに・・・・・。

2月10日 鳳凰大祭が行われました。例年通り、舞台発表、歌あり、ダンスあり、
習字 絵画 絵手紙 写真 木工 陶芸作品 手芸品ありと年々賑やかになっていました。
すごいですよ、爺婆パワー!!
作陶時間が楽しみな私少しは上達しているのでしょうか?




コーカサスの絨毯 ”カザック絨毯”

2月もはや5日がたとうとしています。2月は逃げて行くとよく言います。今日の日を無駄にしないよう心がけたいと思います。

このコーカサスのカザック絨毯もお気に入りの一枚です。
この絨毯はすべて天然染料で染められた糸で結ばれています。
製作から大分年月が経っており、天然染めの良さ、色の変化が綺麗に出てきて、とても柔らかい色合いになって来ています。

赤はアカネやコチニール(カイガラムシの一種)が使われ、黄色はモクセイソウ、ザクロの果皮、ぶどうの葉などを使い、褐色系はクルミの皮、カシの皮などを使って染めています。
またインドからの輸入品である天然アイが使われ、藍色の色合いも柔らかく変化してきています。
媒染剤としてヨーグルトやミョウバンを使って染められています。


19世紀の頃、手軽さからアニリンという化学染料が使われたようですが日光にさらされると褪色しやすい欠点があり避けられたようです。安価でしかも少量で染めることが出来るために盛んに使われるようになったのですが国内仕様にだけ使われ、輸出品には禁止の策がとられたのだそうです。



20世紀になると新しい化学染料クロム染料が作られ、日光に対してもあまり変化がなく安定した色を出すことができるようになったといいます。それでも天然の染料のものとは違った質感でありました。
現在ザクロは大量に生産されていますしクルミやカシの木などもたくさん自生しているので、身近に手に入るものは天然の染料として使われています。



何と言っても自然のもので染められた絨毯こそ色の変化を楽しみながら味わい深いものとなっていくこと間違いなしと思っています。
(サイズ 202x120cm)

ちょっと一息 ” 大根のお漬けもん ”

近くの農家さんがご自宅の軒先にちょっとしたお店を出しておられます。友人と私はそこの常連客なのであります。
大きな大根が一本100円!キャベツが100円!水菜が100円!白菜100円!カブラが100円!ほうれん草が100円!とザッとこんなものなのですが、「安いねぇ」と言いながら、嫁宅にも娘宅にも一本などと張り切っていたら結局はスーパーで購入するよりお高くなってしまうのです(笑)
でも畑からの抜き立ては新鮮です。姿形などどうでもいいのです(笑)
今日は私もびっくりくらいの太い大根がありました。


早速、友人知人にとても好評を頂いております [柚子大根漬け] と致しました。
サラダ感覚で頂けてとても美味しいです。皆様もお作りになりませんか? レシピ紹介いたします。
日ごとに味がしみて、冷蔵庫に入れますと一週間くらいは持ちますよ。


材料
新鮮大根 1本(1kg〜1.2kg?)
白砂糖  120g  (上白糖を使うのは仕上がりの色を考えて、少し控えめでも)
塩    30g
お酢   70ml
柚子   中一個
鷹の爪と昆布はお好みで

作り方
1, 大根は3cm幅に切り、適当な拍子木切りにします。
2, ジップロックバッグに 1,と砂糖、塩、酢、小口切りの鷹の爪、刻み昆布を入れます。
3, 柚子の皮は線切りし、しぼり汁とともに 2, に加えます。
4, 調味料が全体に行き渡るよう上下、左右に揺すります。
5, すぐにでも頂けますが一晩おいたほうが美味しいです。

ちなみに大根の葉っぱは「ご飯の友」に分厚く剥いた大根の皮はごぼうと人参と合わせて「きんぴら」に変身しました。













よく観察しますと、もう春ですね、冬の大根は花を咲かせようと一生懸命です。
白い綺麗な大根に筋が目立ってきました。
美味しい間に作ってみて下さいね。
明日は陶芸の日、お友達にお裾分け!!
おせっかい婆さんの一日でした〜〜〜。

コーカサスの絨毯 ”Marinos 絨毯”

コーカサス地方というのはイランとトルコに隣接し、カスピ海と黒海に挟まれたあたりの山脈地帯にあります。北コーカサスはロシア領であり、南コーカサスは独立国となっているのですが民族紛争や軍事介入が起こったりと落ち着かない様子のようです。20世紀になってロシアに支配されるまではペルシャ帝国の範囲にあったと言います。
近しい記憶に冬季五輪ソチオリンピックが開かれたのもこの地域のことでしたね。

絨毯においては伝統的な明るい色合いを使い、ダイヤモンド形、星形、十字模様、梯子のついた菱形模様などの幾何学文様をバランスよく使い個性的ではっきりとした模様がたくさん表現されています。





コーカサスのマリノス地方で織られたこの絨毯は、マリノスという地域が見つからず、実はメモ書きだけでの判断なのですがデザイン的にはアフガンのブハラ絨毯に見られるブハラ(象の足跡)文様に似ているように見えるのですが、その中に描かれている模様がアフガンのそれでなく、コーカサス地方のクバの絨毯のモチーフと同じで、色使いや梯子のついた菱形模様を考えるとコーカサス地方のものであるのは確かなことと思います。ウールの質もしかりです。結びも均一でしっかりと結ばれていて模様が綺麗でシャープに表現されています。青い色がとても美しいですね。
(サイズ 305x205cm)

ペルシャの絨毯 ”ナイン絨毯”

ナインという町はイランのほぼ中央にある小さな町です。17世紀の頃に絨毯生産で栄えたイスファハンという大きな町から東へ140kmほどのところにあります。
ナインの絨毯の歴史は比較的浅いようですが、独特の色合いで結ばれています。
ベージュの背景にブルーや淡いグリーンなど落ち着いた色合いで模様を描き、白いシルクの糸で輪郭を描くといった模様が多く、落ち着いた雰囲気の上に気品高く感じさせる絨毯が多く見られます。そして良質のコルクウールを使いしっかりとした結びで作られています。






ペルシャ絨毯のデザインの中ではメダリオンタイプといって中心に模様がありその周囲を左右上下対称の模様で囲み四隅が同じデザインになっているものが多く見られますが、ここにお見せする絨毯はKHESHTI(へシティ)模様と言って縦に図柄を並べています。
荒涼とした砂漠の町では水がたくさん流れ植物がおい繁り鳥などの生き物が戯れる光景に憧れを抱き五穀豊穣を祈ったそうです。それらの憧憬がデザインとなって様々に表現されています。


この絨毯を見てみますと水路を流れる水は波打ち、その傍らを足の長い水鳥が遊び、麦や花々は所狭しと咲いています。まさに五穀豊穣の祈りを込めて描いているのでしょう。
色糸をたくさん使いながらシルク糸でトリミングし、色の彩度は控えめで上品に美しく結ばれています。
ナイン絨毯の代表の逸品と言えると思います。(サイズ 240x152cm)

ペルシャの絨毯 ”タブリーズ絨毯 2”

昨日は久しぶりの銀世界で心が洗われた気がしています。さすがにお寒いことで、気持ちも引き締まる思いが致しました。
庭の寄せ植えの鉢が寒くて可愛そうなので軒下に入れてやりました。雪を払ってやり、太陽が差すようになるとシクラメンの花がキラキラと嬉しそうに華やいで見えました。

前回の絨毯シリーズの続きです。

この頃どうも私はこのウールとシルクで織られた少し分厚めのタブリーズ絨毯になぜか惹かれているようです。この絨毯の上に座ると、光の加減により色々と表情が変わり、一緒に気分転換が出来るような気になるからかもしれません。






この絨毯は畳一畳くらいでしょうか少し小さめの絨毯です。ベースの黄色の色に惚れ込んで手に入れたものです。

クロッカスの花のめしべはサフランと呼ばれて、サフランライスなどの香辛料や香料
染料、薬用に使われています。


ヨーロッパや日本ではとても高価な値段が付いており、それに比べてパキスタンや中国では安価で手に入りやすかった気がします。
乾燥した雌しべは赤い糸線のようなもので温水に浸すと黄色い色が出て来ます。
あのサフランライスを思い浮かべてください。とてもきれいな色のご飯ですよね。
そのサフランで染めたという黄色い色に惚れたのです。その黄色には暖かさに透明感が加わって見ていると清々しい気持ちになり、心が和んで癒される気がするのです。



またそこに描かれている花唐草が
素敵なのです。
その花唐草はシャーアッバス文様と言って、17世紀の頃、サファビー朝の第5代王位を継承したシャーアッバス一世は美術に造詣が深くその頃に完成した文様と言われています。バラ、ダリア、ユリなどの断面をデザイン化したパロメット文様と合わせて使われています。


そのシャーアッバス文様にまとわりつくようにシルクの糸が結ばれているのですが、光があたりますと綺麗な輝きを増しとても豪華で美しく華やかな模様になっています。
(サイズ 144x101cm)



もう一つのタブリーズ絨毯はこれもまた黄金色の輝きを表現しています。他のタブリーズ絨毯とは少し異なり模様が大胆で、洋風でとても豪華な感じがいたします。一方向から見ますと地味な茶系の色合いなのですが、よく見るとたくさんの色糸が使われています。上品さと豪華さが相まってとても重厚な結びに見えます。他方向から見ますと華やかで素晴らしい黄金色に変化致します。お部屋の雰囲気をグッと引き立てる役目を持っている絨毯だと思っています。(サイズ 217x150cm)




幼き頃のお正月

昨日の雨が止み、テレビには成人した若者のニュースが映っています。色とりどりの綺麗な振袖に決まったように白い襟巻きをして・・・・・あの白い襟巻きはしないほうがいいのに、しないで胸を張って大人の仲間入りをした方が綺麗に見えるのに、とか相変わらず「婆ぼやき」をしながらはるか遠い昔を思い出しておりました。

私の小さき頃、成人式は小学校で執り行われました。
そのもっと昔の話です。小学校に上がった頃、我が家に道を隔てた向こう側に「別荘」と呼んでいたとても大きな厳かな建住まいがありました。そこにはおばあさんと女中さんだけが住んでいて、隔てられた異空間のようでよく解らなかったけれど、おばあさんが大きな門扉を開けて下さったときだけ、近所の子供はその家の庭に入れて頂だけたのでした。そして、私の「ひでこ」から「ひね、ひね」と言ってとても可愛がって下さいました。
おばあさんはとても上品で気品のある小柄な人だったと覚えています。

その頃の町はあの橋田壽賀子さんのドラマのような世界で、どのお家にも門松が立ち、31日には向日神社からオケラ火をもらって消さないように火縄を回しながら帰り、茄子の枯れ木に火をつけて、おくどさんでお雑煮を作り祝う習慣がありました。二日には羽織袴の父はお年始に神社とお寺に行き、ご近所さんにも回っていた気がします。私たち子供は晴れ着を着せてもらい、羽子板で羽根つきやコマ回しなどをして遊び、今では想像もつかないのどかな風景だったと記憶しています。

そんなこんなですから、子供達はいつも道端でコロコロと遊んでいるものですから「別荘」のおばあさんが扉を開けて下さると喜んでそのお庭に入れて頂きました。玉石が引かれ、五葉の松が大きく陣取る庭で飛び石を数えてその上を飛んだり、池に鯉が何匹いると数えたりしながらひとときを遊ばせてもらいました。帰りにはいつも半紙に包んだ珍しいお菓子が頂だけたのがとても嬉しかったように思います。ひょっとしたら子供達はそのお菓子が目当てだったのかもしれません。


お正月だけはお部屋にも通して下さって、晴れ着を着せてもらって嬉しくて少し緊張しながら上がらせて頂だいたのを覚えています。そこでは決まって珍しい「お茶」を出して下さいました。その中に入っている今から思うと「昆布と梅」だったのかもしれませんが、それが食べられずに誰かが火鉢の灰の中に隠したものですから、あとでバレることも考えずに、皆でそうしたのでした。そしてお礼を言って門の外へ出た途端ケラケラと大声で笑い転げるのでした。
(この写真はその頃の私です。こんな可愛い時もあったのですね〜(笑)いつもお正月にはこんな格好でおばあさんの別荘へ遊びに行きました。)


普段は通して頂だけない立派なお部屋は薄暗くて大正ガラスが何枚も使われた厳かな窓枠で、深い緑色と濃紺の綺麗な絨毯が敷かれていました。今思い返してみますと、あれはきっと重厚な鍋島段通と思われます。子供心に「なんて綺麗なお部屋だろう」と思ったのを覚えています。家に帰って話したのでしょう母は「お金持ちの家だけに敷いてある段通」と言っていました。今まで見たこともない本当に綺麗な色の模様でした。今もきっと大切に敷かれていると思うのですが・・・・・
ひょっとしたら絨毯に固執したのはこの辺りが原点かと一人笑っています。


それからかれこれ十数年が経ち、自分の成長とともに薄情なことにおばあさんにお世話になったことはすっかり忘れておりました。
びっくりしたことに私の嫁入りの朝「ひねのお嫁入りの日にこれを渡したくて」と言っておばあさんが訪ねて来て下さいました。「これはおばあちゃんが嫁入りした時持ってきた帯留なの、ひねもおばあちゃんのように長生きするように、幸せになりなさい!」と言って渡して下さいました。「あ〜おばあちゃんはいつまでも私のこと覚えてくれたはったんや〜」と思うと白い花嫁衣装の上に涙がこぼれました。
この帯留はうちわに源氏蛍が描かれています。

あの世に行ったらおばあちゃん不幸をお詫びしようと思っています。
あれから半世紀しか経っていないのに、あの頃では想像もつかない変わり過ぎた世の中になり、不透明この上なく、もう半世紀後にはどうなっているのやら、見る事が出来るなら見てみたいと思います。

新年おめでとうございます。

新年おめでとうございます。
皆様にとりまして明るい一年となりますように!!


年末年始子供や孫達の訪問で賑やかに明け暮れしていたのですが、さすが一週間にもなると足腰の疲れを感じます。東京に住む長女も帰って来て、どさくさ紛れに次女の3人の孫たちが「おばちゃん、おばちゃん」とやって来て、一緒に泊まりたいだの何だのと居座るものですから、総勢11人となり急に住人が増えるのです。
4才になった末孫は私の足元を見透かし、公園でブランコを押して宇宙まで飛ばせてくれとか、駅に電車を見に連れて行けとか・・・切符を買う手はずを知っていて「お金がないとダメ」と言えば「キャンセルを押したらいい」と言い、自分の思い通りに私を使うのです。致し方なしと付き合うことにしているのですが、相手は日々成長し、こちらは日々衰えを実感し戸惑いを隠せないでいます。
そう手の掛からなくなった真ん中の孫は少林寺拳法を頑張るんやと言っています。また新年度から中学生になる上の孫は慌しく帰って来ておしゃべりし続けて慌しく帰っていく長女に「ハリケーンおばさん」と命名して喜んでいます。
「来て嬉し帰って嬉しや孫子供」と言っていた友人の心境、解る気がいたします。


日々健康で過ごせることに感謝しながら好奇心旺盛に過ごしたいと思っています。
今年もお付き合いのほどよろしくお願い申し上げます。

ペルシャの絨毯 ”タブリーズ絨毯”

ペルシャという国の歴史は古く、私にはおこがましく複雑かつ難しすぎるので詳しく書く事は出来ませんが、現在のイランという国境だけを考えるのではふさわしくないようで、イラン高原から西アジア全体の広い範囲で考えなければならないように思います。
かつてのペルシャ王国(紀元前550年〜紀元後650年)全盛の頃から王朝の盛衰を数千年も繰り返し、深い長い歴史の中で出来上って来た国だからということなのでしょう。
1925年に「ペルシャ」から「イラン」という国名に変わったと言います。

私は、オリエントの地「ペルシャ」という国に憧れみたいなものを抱き、どのような世界で絨毯が織られるようになったのか知りたいといつも思うのです。
この絨毯は、ペルシャのTabrīzという町で織られた絨毯です。イラン国の北部に位置し、サファビー朝の頃は首都であり、ヨーロッパから中央アジアへ通じる交易路の要所であったと言います。
それでタブリーズ商人たちのヨーロッパへの活躍が今も伝えらえているのでしょう。

この模様はTabrīz-mahi と言って「マヒィ」とはペルシャ語で「魚」を意味するのだそうです。よく見ると小魚の周りに小花が咲いているようでとても上品で繊細な感じの模様に結ばれています。


ムスリムの人たちは緑色をこよなく愛し、国旗などにもよく使われています。
緑色には心を癒し疲れた身体を休めるリラックス感がありますね。
また自然の木々の色から目を休める作用もあるのでしょう。
砂漠の地では木々の緑や花々に憧れを持つと言います。

この落ち着いた緑の色合いの絨毯はボーダーの愛らしいパルメット模様が美しい花を咲かせているようで心和む雰囲気が漂います。
またウールとシルクで織られているため一方向から光が当たるとパッと輝きが増し美しさと重厚さが浮かび上がります。
その素晴らしさを写真でお見せ出来ないのがとても残念に思われます。
サイズ 214x155cm